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季節の便りをお届けします
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2007.11.13

〈あの日の夕陽〉

 「秋の陽はつるべ落としといいます」
担任にそう言われてからだろうか、夕陽を意識するようになったのは。けれどもその時、釣瓶を知らない僕の頭に浮かんでたのは、何か柔道の必殺技のようなものだったと思う。

 キャンバスを担いで町中歩き回った高校生のころは、毎日日課のように夕陽を眺めた。視界一杯に広がるパノラマを画面に残したいと強く願ったが、筆は進まなかった。被写体が一瞬たりとも同じ色にとどまってくれなかったのも理由のひとつだが、実のところはただ圧倒され、どう描いても実物にはかなわないと匙を投げてしまったのだ。昔から変にあきらめの良すぎるところが僕にはある。

 「夕陽がきれいだよ」仲直りの電話かと思って受話器を取った僕は、肩すかしを食って窓を開けた。一面こぼれ落ちそうな夕陽だったが、昔見たものより不思議と色あせて見えた。苦しい恋のトンネルの、丸い出口のようだった。

 それからしばらく東京の夕陽が好きになれなかった。けれどもいま思えばどこで見ようと太陽は太陽なわけで、あの日色あせてたのは僕の心だったのだろう。夕陽に、そして彼女にも少し悪かったと思う。

〈初出「都政新報」1997年11月11日号)



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