〈おはぎの山〉
台所でおはぎを作る隣家のおばさんの背に向かい、僕は自分で漢字が書けることを繰り返し自慢していた。何日後かに始まる小学校生活が不安だったのだろう。大皿に山と盛られたおはぎの横で僕は「山」の字を全身大きく描いてみせた。
そのころの僕はおはぎというとあの全体を餡でくるんだものしか食べられなかった。他の種類は全て甘くないのだと信じ込んでいたからだ。僕にとって小学校はその食わず嫌いのおはぎに似ていた。兄が平気で先に食べているところまでそっくりだった。ただ、こちらは口にしないわけにはいかないのだった。
そんな渦巻く不安と期待の中、ひとつだけ具体的に決心していたことがある。小学生になるのだから、これからは今までみたいに隣の女の子と仲良く手をつないで通うのはやめよう、というのがそれだ。
その目標は難なく達成されたのだが、結局それから二度と彼女と手をつなぐ機会は来なかった。
〈画/2001年制作(原題「桜餅のことを想うボタモチ」)
、文/初出「都政新報」1997年4月22号〉