風邪の日、父母の寝室で寝かされることが嬉しかった。母はいつもより優しかった。
風邪の日、昨日冷凍庫の中にしまった、小さな雪だるまのことが気がかりだった。
風邪の日、高熱のときはいつも同じ夢にうなされた。切れそうなほど細い糸の上で僕はいつも綱渡りをするのだ。
風邪の日、僕が寝ている間に知らないことが学校で増えていくのが恐かった。
風邪の日、見慣れているはずの天井の木目がサメの顔に見えてきて、布団を頭までかぶった。
風邪の日、理由を作らず学校を休めるのでほっとした。
風邪の日、独り暮らしの寂しさが身に沁みた。助けてくれそうな友人もいるにはいたが、意固地に自分で治した。気弱なときに世話してもらったりしたら、そのままそのひとを好きになってしまいそうで恐かった。
蜜柑が、食べたかった。
〈初出/「都政新報」1997年2月21日号〉