〈ドナ・ドナ〉
冬の間中、牛と過ごしたことがあった。僕は脇目も振らず彼女ばかりを見つめ続けた。
展覧会用の油絵を描いていたのだ。
歴史ある場所には自然とものが集まる。僕が所属していた部のロッカーにも、静物画用のモチーフと称した様々な怪しいモノがひしめいていたのだが、中でも「彼女」はよく目立った。出自は誰も知らない。気味悪がる女の子もいた。けれども僕は彼女を描くことに決めた。真っ先に目が合ってしまったからだ。
描き始めてみるとこれが難しい。よく考えると今まで頭の上から牛を見ることなど無かったし、それにちょっとでも形が狂うと彼女のない目が悲しそうに僕を見つめるのだ。
結局僕はその絵を展覧会当日まで直し続け、完成させられないまま出品することになってしまった。題名は彼女の眼差しにちなんで、かわいそうな牛の歌の名をそのままつけた。決していい加減には描かなかったつもりだが、彼女ー牛の頭がい骨は許してくれただろうか。
それ以来、なんとなく気まずくて正月中は牛肉を食べないようにしている。
(初出/「都政新報」1997年1月14日号)