〈迷月夜〉
迷子になってしまった。
普段あまり行きなれない友達の家で、思わぬ歓待をうけたその帰りのことだ。
辺りは既に暗く、人気の無い田舎道。こんなときに限ってわざわざ当時流行の「口裂け女」の話などを克明に思い出し、僕はますます心細くなるのだった。
そうこうしている内、いつしか不安の中にもだんだんとあたりが見渡せるようになってきた。目が慣れたこともあるだろうが、月がこんなにも明るいものだという事を、このとき初めて知った気がする。
それから家にたどり着くまでの間、月はずっと僕についてきてくれた。まるでこちらが寂しいときに限って寄り付いて離れない猫みたいに。
特別に何かしなくても、ただいつも見つめてくれる存在があるだけで、人は随分勇気づけられるものだ。
一人にとってでいい。だれかの月になりたい。そう思う。
(初出/「都政新報」1996年9月13日号)