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2006.07.14

〈ひとくち花火〉

 花火が、食べたかった。
 そのころの僕は、きれいで丸いものは残らずおいしいものだとなぜか信じていたらしい。
 夏空一面に花開く巨大な球は、一瞬だけその完璧な姿を見せたと思えば、口に入った綿飴みたいにすぐ消える。きっとおいしいものはまた儚くもあるのだ。
 誰もが少なからずそう思っているに違いない。幼い僕は、口を開けて残像に見とれる人を周りに見つけてはその思いを確かにしていた。

 「花火」を食べるチャンスは意外と早くやってきた。
 目の前の紐の先にくっついた球は随分と小さくはあったけど、その丸さといい儚げな様子といい、夜空に開いたあの球にそっくりだった。
 けれども結局僕はその球を食べることができなかった。食べられないよう必死で姿を変えながらまたたいているように見えたからだ。

 今でも人に言わせると、線香花火を見つめる時、僕の口は必ず開いているそうだ。

(画/2003年8月、文/「都政新報」1996年8月16日号)



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