風に吹かれて、それが漂ってきたのは、庭で弁当を広げていたときだった。
先に幼稚園に上がった兄の持つ弁当がうらやましかった僕は、母にせがんで一緒のものを作ってもらい、いつも一人で食べていたのだ。
迷子なのか、一人で流れてきたそれは、同じ一人の僕を見つけるとまっすぐこっちに向かってきた。透き通った表面には絶えず虹色の渦が動き、まるで何かを話しかけているようだった。ところが、彼は僕の理解を待たずに話したいことだけ話すと勝手にはじけて消えてしまった。
それから僕は、もう一度彼に会うためにいろんなことを試してみた。牛乳をストローでブクブクいわせるのもその一つだったのだが、これはするたび母に叱られた。
サイダーなるものを始めて飲んだのはそんなときだった。目の前に注がれたコップの中には小粒ながらも彼の仲間の透明な泡が沢山騒いでいた。ひょっとすると、彼もこの中のどこかにいるのかもしれない。僕は、安心した。
「しゃぼん玉」の歌を習うのは幼稚園に入ってからのことだった。
(初出「都政新報」1997年8月5日号)