「だれかと結婚したときは、ちゃんと夕日が見えるところに家を建てるんだ。」
僕が言う。
「娘ができたら麦わら帽子に白いワンピースを着せるの。」
君が言う。
二つとも叶えられそうな夢に思えた。
ただ、話しながら思い浮かべていたのは、いつもたいてい別の顔だった。
ふたつの夢は、現実に交わることは決してないだろう。
それでも、そんな他愛もない電話を僕らは朝まで続けた。
あの日手放せなかったのは、受話器だけじゃなかったのかもしれない。
遥か遠くに暮らしていても、麦わら帽子をみるたびに、何故かその日を思い出す。
(初出「都政新報」1996年7月23日号)