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2006.03.07

〈トラネコ・チビ〉

トラネコの話だ。
彼女とはじめて逢ったのは、一畳ばかりの僕の庭。洗濯する僕を尻目に、干した靴下とじゃれていた。
名前はチビ・ハギワラ。下はこの一帯に住む猫一家の名字だが、どちらも僕が勝手につけた名だから他でどう呼ばれていたかは知らない。
彼女はけっして体を触らせない。人に媚びないところがよかった。人差し指を延ばしたときだけ、ちょこんと鼻をつけるのだ。
庭に出した、古本の箱が指定席で、雨だと丸一日飽きずに寝る。絵を描くのに疲れた時はよく窓から毎回違う彼女の寝相を眺めた。
僕が見てると知らないときだけ、まるで無警戒に寝てるのがおかしかった。

はじめてチビが人に甘えた。
相手は僕の家に遊びにきた子で、女同士何か通じるものでもあったのだろうか。何を話したのかは教えてもらえなかった。僕は、嫉妬した。
やがて僕はその子と暮らすことになり、チビも母親になっていた。引っ越しの日、塀の上に現れたチビは、前よりずっと遠くに見えた。一人と一匹の暮らしは、いつのまにか終わっていたのだ。

ネコ臭くて売れなかった古本は、とっくに捨ててしまったけれど、もしこれから一軒家に住むことがあれば、迷わずトラネコと暮らそうと思う。
(初出「都政新報」1998.01.13)



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